びびり

退院して10日、雑務処理で連日自転車、徒歩、地下鉄などで動き回る。これはリハビリだ。
階段がキツい。でも入院前よりはいい。
息切れの収まりが早い。何か嬉しいなぁ。
で、ちょっと安心して寝てたら、マイケアリンクモニター(ペースメーカーと無線でやり取りしてデータを送るか機械)から何やらメロディー音がする、
数秒で止まるのだがしばらくするとまた鳴る。
最初は夜中のデータ送信だろうと思ったがわざわざ音を鳴らすのも変だ。手動で読み込ませたり説明文を読んだりしたが、その後もしばらくするとまた鳴る。 機械の誤作動を思いだし、、また電気ショックが来るのかとドキドキする。メーカーに電話しようかと思ったが当然受付時間外。ヤバイなあ、とびびってたらまた鳴った。恐ろしさがよみがえる。
が、、、、その音を辿ると、すぐ近くに置いてあった時計からの音と判明。脈拍計付きの時計を買ったばかりで充電してたのだがアラームが設定されてて繰返し鳴ってたと判った。あーーーーびびった。

退院

夜中通しての無呼吸検査も終え(結果出るのは後日という事らしい)20日、晴れて退院。 1ヶ月と10日、正直長かった。でも体調リセットと生きながらえるスタンバイをしてもらった。ありがたい、感謝です。一人で袋四つ持ってタクシーで帰宅。途中外を見ながら『あー、ここからどれくらい余命があるのかわからないけど、まずはやることやらねばなぁ。まずはあれとこれと何と、、、動けば多少体力的にも戻るかな?ホントは灰になってた身だ、考え動けるって生きてるを実感するなぁ』などとぼんやり思った。 家に着いたら久々の風景、一息ついてから荷を片付けたら早速仕事が待ってる、足りない道具を買うために折り畳み自転車を出し乗る。息切れしないようゆっくり漕ぐ。何か不思議な感じ。
ペースメーカーよ、よろしく頼むよ。

再来?、

16日、快方に向かってる安心感でだらっとベッドでYouTubeみてたら、看護士が5~6人走ってやって来て「いま、ドキドキしませんでしたか?苦しくないですか?」と、、、「え、心室細動の波形でも出たんですか?」、「はい、大丈夫ですか?」と言われた。ヤバイ、充電に8秒、その後またあのショックが来るのか?💦💦、とドキドキ構えてたがなんともない、、看護士が、胸についてる心電図のセンサーを確認すると、「あ、ここがシール剥がれてました。これであの波形が出たんですね、良かった~張り直しますね」との事。あーびっくりした、いきなり押し寄せた看護士たちもにこやかに引き上げていった。驚いたが万全の態勢で見守ってくれててとてもありがたい。
月曜日の夜から翌朝にかけて無呼吸の検査をして、問題なければ火曜?退院の予定。あー、早く退院したい。

内出血

ショックの心配も徐々に薄れようやくぐっすり眠れるようになる。
切り口の回りが内出血で青黒くなり広がる、と同時にショック連発の影響だろう、みずおちの上、心臓の上にも不気味な内出血が出てきてた。その二つ共に色黒く結構広範囲に広がり見た目はかなり派手な状態。体の闘いぶりが見えるよう。看護士たちも「うわ~すごいですね」って、、確かに一連の中身はすごいと思う。

手術から六日たった15日、体の中のCRT D と連動してデータを機械の会社に送ると言う送信機みたいのを持ってきた。病院はいつでもその会社にアクセスしてデータを確認できるのだそうだ。退院したら自宅の寝る場所の近くに置いとけば良いらしい。凄い時代になったもんだ。

電極

しばし仮眠、妙に疲れたのもあり短時間に熟睡した気がする。時間になるとすぐ呼び出しがかかり、ストレッチャーに乗せられ手術室へ。手術室のチームの人たちに次々と「大変でしたねー」と言われる。誤作動三発は伝わってるようだ。予定二時間とのこと。尿瓶をセットされ部分麻酔の注射を傷口周辺へなん本かする「途中痛かったら追加の麻酔するので言ってくださいね」「はい、お願いします」。前回ど同様顔の上に台がおかれ、それに被せた大きな布を被せるので周囲は見えなくなる、手術するところは窓を開けるかのように開閉部分があるようだ。
傷口を被ってた一部透明なシール?を剥がした感覚。「あー、折角きれいに治って来てるのに~」と言う医者の一言が可笑しい。きっと付きかけた傷口に再びメスを入れるのが惜しかったのだろう。
部分麻酔なので手術の様子や周囲の会話も聞こえる。ずれた電極を再設置、体が大きいから電線の引っ張りも多かったそうで普通とは比較にならないほど沢山のゆとりをつけたとの事。後で聞いた話ではズレは5センチくらいあったそうな。色々設定もして最後、電気ショックのテストをどうしようかと先生達の声、、、『止めてほしい、もう何度も心臓にかけてダメージありそうだし』と思ってたら、「電極だけだからもうしなくていいでしょう」となりホッとする。 最後開口部を閉じるのだがこれが何度もグイグイ押しながら(止血のため?)するので(縫ってる?)痛かったが最後で麻酔追加も望めなくひたすら我慢してた。  無事?修了して部屋へ。
ありがたくもそれなりに疲れた。
三日遅れて再度退院に向けて日程をこなす事になるが、術後三日はまたずれてあのショックが来ないか心配、不安の日々だった

ショック

術後三日目は棟内歩行も許可に。
痛みもかなり和らぎホッとしたその夜、、それは来た。  ぐっすり寝てた夜11:58?ころ、凄まじい衝撃で起こされた。文字にするとバキーンという感じ、金属が焦げた臭いがするような、一瞬目の前が眩しいほど真っ白に光り胸を日本刀で突き刺されたかのような痛み「痛いっ!」と言ったあと跳ね起きた。すぐに除細動が働いたと思った。苦しい痛いなんて次元を超えた衝撃だった、また細動が有ったんだと思いナースコールを探した途端、またバキーンときた。恐ろしい。悶えながらナースコールを押す。また来たら持たない、へろへろになりながらベッドに座ってたらやっと看護士が来た。「今二回、除細動が作動しました」「ちょっと待ってください、今血圧計持ってきます」、内心『へ?血圧計?』「細動有ったか記録見てみてください」「わかりました」、、戻ってきて血圧測定『そっかあ、看護士出来る範囲を超えてるわな』と思い「心室細動はありましたか?」「いえ、それらしき感じはなかった」との答え。自分でスイッチもいじれない物が体の中にある、それがいつまた高圧電流を浴びせて来るのかわからない恐怖、止めるか取り出したい気持ちになる。それでもその後は作動してないので細動も落ち着いたか、と段々動転も薄らぐ。。でもあの感覚が恐ろしくてしばし眠られないでいると2:00にピーポー~~、と警告音?が10秒ほど鳴り、なんと埋め込んだ所から聞こえる、慌ててナースコール。来てくれたが何も出来ず、、だよね、埋め込んでるんだから。、、そんなに心室細動が頻繁にあるではないかと、横になる。さっきの衝撃がフラッシュバックする、恐ろしい。 緊張疲れでウトウトしかかった3:40頃、なんとまた稲妻が走った<バキーン>「痛いっ!」と飛び起きる。さっきみたいにまたすぐ来るのか?と思うと恐ろしくて堪らなかった。すぐにナースコール、また血圧計、、でもこれは普通でないと、担当医に電話すると言ってくれ少しホッとする。 担当医が来るまでの間、いつまた来るかわからないショックに辛いと言うより怯えてる自分を知る、怯える気持ちなんていつ以来だろうか、自分の中にあるのに自分で何も出来ないってこんなに恐ろしいものかと唖然となる。4:00 ピーポーとまたあの警告音がなる。すぐにナースコール、看護士が来た時はまだ鳴ってて聞こえるのを確認してもらう、と止まった。次に何が来るのか、何の警告音なのか、次なる電気ショックなのか気が休まらない。
そのすぐ後、担当医とメーカー?の人が来た。担当医は普段着のまま、飛び起きて来てくれたのだろう。メーカーの人がパソコンから伸びるセンサーを胸にあてるとさっきと同じ警告音。担当医が「あれ?普段と違う認識音だ」「あ、でも認識しました、、」  それから二人でデーターを見ながら原因を探ってたが、「あー、ここで起きてる、、Aがどうのこうの、、」と専門用語で何言ってるのかわからなかった。可搬型の大きめの心電図もきてとられその場で見ながら模索してる様子。、「今、電気ショックの作動を一時止めましたから安心してください」、これを聞いて体の力が抜けた。『あぁ、これであの恐怖からしばし開放されるんだ』と思った。次に車イスで一階のレントゲン室に連れられ撮影。『こんな時間にもレントゲン技師も待機してるんだ』と驚いた。部屋に戻り、しばし経ってから「電極がずれて誤作動したようなのでそれを直す手術を朝一番にします」との事。 原因がわかれば対処もできる。それを聞いて力が抜け眠りについた。

埋め込み

6日CRT D の埋め込みを無事に修了。
三時間半かかった。意識のあるような無いような状態で電極を入れ、ポケットを作りそのあとはガス?で眠らされ、心停止と電気ショックの作動チェックをしたそう。眠りから覚めると最後の埋め込み、袋閉じ?、消毒、カバー等々してもらってたが姿勢変えずに寝たり起きたりは腰痛気味にもなりそれなりにキツかった。「手術は成功ですよ」と担当医から言われ一安心。本当にありがたい。ストレッチャーに乗ったままレントゲンをとり、やっと病室に戻った。傷口に砂袋?を乗せ圧迫して安静、六時間後にそれも取りガーゼ圧迫に。ベッドも45度まで起こして良し(これで食事も出来る)。傷口がやはり痛むので痛み止をもらい夜はぐっすりのはずが痛みと不用意に姿勢を変えられないのであまり良くは眠れなかった、翌日はトイレも歩いて行って良しとなる。
このままの調子で行きたいものだ